ページを開いて、『読む深呼吸』をしませんか。
住職のまっすぐな言葉と、寺嫁のまあるいイラストで、今日が優しく調う、ほっとする時間をお届けします。

こんにちは!
東光寺ブログ『新米和尚の仏教とお寺紹介、ときどき寺嫁』にご訪問いただきありがとうございます!

突然ですがクイズです!

東光寺(静岡市清水区)の写経会では毎月お土産がつくのですが、さてそれは何でしょう~?
シンキングタ~イム・・・・・・・・・・・・・・・・

答えは

絵葉書です!!

しかも、禅の言葉を紹介する“東光寺オリジナル”!!!

毎月新作発表。

という過酷な状況に陥っている寺嫁がいることはここだけの話で(;´∀`)
いやいや、皆さまに喜んでいただけて、ありがたい言葉をかけていただけて、それが力になっておりまするよ~。

そしてこのたび、定期的にオンラインでも絵葉書と法話をお伝えすることにしましたーーー

この絵葉書、イラストバージョンは2021年1月から始まり、2026年3月までで61作品ありました!

ということで、記念すべき第1回は2021年1月の写経会でお配りした絵葉書と法話をお届けしまーす。

本当に大切なことは変わらない 
【寒松一色千年別 かんしょういっしょく せんねんべつなり】

禅語 かんしょういっしょく せんねんべつなり 寒松一色千年別

本当に大切なことは変わらない

私には忘れられない姿があります。

それは私が公私ともに大変お世話になった和尚様の最期の姿です。

その和尚様は私が幼少期の頃からお世話になっていた方で、常に周囲に暖かく接しながらも禅僧としての生き方を貫いた方でした。お寺の境内も常に調い、年齢を重ねても精力的に仏教・禅の布教に尽力をされていました。

そんな尊い方にも病魔は容赦なく襲いかかりました。私はその和尚様が体調を崩していると聞いて、会いにいきました。和尚様は御自宅で病気の治療をされていましたが、医師から「もう長くはない、もって数日です。」と告げられていたのです。

私も、病気のことや余命のことを知って大変驚きました。

そのような状態でしたが、訪ねていった私を和尚様は受け入れてくださり話をすることができました。

実際にお会いしたとき、声を出すことも大変なほど苦しそうで、何か話してくださることが申し訳ないと感じました。

そんな苦しそうな和尚様が発せられた言葉を忘れることができません。

これまで、多くの方を導き、周囲に尽くされてきた和尚様が布団の上で静かに手を合わせて

「たくさんの人のおかげで良い人生をおくることができました。ありがたい。ありがとう。」

とおっしゃったのです。

自分を律しながらも人々に尽くしてきたにも関わらず、最後に周囲への感謝の気持ちが出てくる姿があまりに尊く、そしてこのように尊い方と別れなければならないかと思うと、私は涙を抑えることができませんでした。

禅の言葉に

【寒松一色千年別 野老拈花万国春】

という言葉があります。

寒松一色千年別なり 【かんしょう いっしょく せんねん べつなり】 

野老花を拈ず万国の春 【やろう はなをねんず ばんこくのはる】

と読むことができます。

寒中に佇む一本の松が変わらぬ緑を保ち続ける姿は、昔から変わることなく私達を照らし続ける真理を表し、その下で村の老人が花を楽しんでいる姿は真理を受けて穏やかに過ごす姿を示しています。

臨済録という中国唐代の禅僧で臨済宗開祖の臨済義玄の言行をまとめた語録に出てくる言葉です。

河野太通老師は著書“床の間の禅語”の中で

寒松一色千年別なり

寂然(じゃくねん)と人の世を諦観(ていかん)するが如く老松(おいまつ)が屹立(きつりつ)している。樹齢はいかほどかわからないが、相当な年輪であろう。風雪に耐えて、なお生き続け、しかも変わらぬ美しい緑をいつも保っている。そんな松の姿には他の樹木にはない格別の趣があります。

野老花を拈ず万国の春 

そのみごとな松の下で、一人の老人が花を楽しんでいる。まことにのどかな風景です。

風雪に耐え抜いてきた松のように、世の風波を生き抜いてきたからこそ、翁には超然たる風格がある。悠々世事を忘れて春ののどかさを楽しんでいる村翁の心を、味わいたいものです。その村翁の心こそ春です。この翁の心をもってすれば、世はまさに万国の春です

と説いています。

余命宣告を受けながらも「ありがたい・ありがとう」という言葉を発せられた和尚様の姿こそが

寒松一色千年別なり  野老花を拈ず万国の春

でした。

寒中にあっても色を変えない松の緑。それは、和尚様が最期に見せてくださった尊い姿でした。

私たちは困難の中でつい感謝の心を忘れがちです。しかし、どのような風雪にさらされようとも、私たちの心の中には決して色褪せない『松の緑』とも表現できる尊い心が備わっています。

皆様も、ふと松の木を目にしたときには思い出してください。人生の冬にあっても、感謝の心を示すことができる尊い心を私達がもっているということを。そして自身のなかにある『変わらない大切なもの』に、静かに手を合わせていただければ幸いです。

命の終わりを前にした和尚様の『ありがたい』という言葉は、周囲に温かな春の風を届けてくださいました。そのお姿を偲び、私たちが今こうして温かな気持ちになっていることこそが、和尚様が咲かせてくださった『万国の春』なのだと感じます。

大切なのは、どのような状況にしかし、どのような風雪にさらされようとも、私たちの心の中にも、決して色褪せない『松の緑』、すなわち尊い仏性が備わっています。

皆様も、ふと街角や山道で、厳かに佇む松の木を目にしたときには、思い出してみてください。人生の冬にあっても、変わらずに緑を保ち、感謝の花を愛でる生き方があったことを。

そして、自分自身のなかにある『変わらない大切なもの』に、静かに手を合わせていただければ幸いです。」あっても、今この瞬間を感謝で受け止める心です。

私も、そして皆様も、和尚様が示してくださったあの松の緑のように、凛として穏やかに、日々を歩んでまいります。

仏教の教えを大切にしながら、その教えと共に生き抜き、世の風波を生き抜いた風格であり、万国の春を示してくださっていたように感じました。

このような方と御縁をいただいたことに感謝し、同じような生き方をするために少しでも精進を重ねていこうと心に誓いました。

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