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住職のまっすぐな言葉と、寺嫁のまあるいイラストで、今日が優しく調う、ほっとする時間をお届けします。

穏やかな水面に浮かぶ空の月 
【水中月 すいちゅうのつき】

禅語絵葉書 
穏やかな水面に浮かぶ空の月
水中の月

雨上がりの水たまりが教えてくれたこと
禅語【水中月】に学ぶ心の静め方

東光寺(静岡市清水区横砂)の境内に、袖師保育園があります。

その保育園で私も勤務をしておりますが、保育園の年間行事の中でも、とりわけ職員が気を揉むのが「運動会の天気」です。子供たちが一生懸命に練習してきた成果を披露する晴れ舞台ですから、なんとか良い状態で開催したいと願うものです。そのため、開催が近づくと私たちは毎日のように天気予報とにらめっこをします。

ある年の運動会は、天候の判断が非常に難しい状況でした。前日はあいにくの雨。しかし、当日の予報は「晴れ」となっていました。

予報通りにいけば、深夜には雨が上がり、翌朝には快晴のはずです。

しかし、そうなると今度は別の心配事が出てきます。雨が上がったとしても、グラウンドには無数の水たまりができているはずです。早朝から職員総出でスポンジで水を吸い取りグラウンド整備を行わなければ運動会には間に合いません。

「どれくらい水が溜まっているだろうか・・・」

気になって仕方がなかった私は、夜のうちにグラウンドの状況を確認しに行くことにしました。

外に出ると、予報通り雨はすっかり上がっていました。しかし、予想通りグラウンドのあちこちに大小さまざまな水たまりができています。

「明日の朝は、大変だぞ。」

私はグラウンド内をうろうろと歩き回りながら、頭の中で翌朝の段取りを必死に組み立てていました。

その時です。ふと足元に目を落とした私は、あることに気が付きました。

足元にあった大きな水たまりの表面に、見慣れた保育園の園舎がくっきりと映り込んでいたのです。

そして別の水たまりを見てみると、そこにも園舎が映っています。小さな水たまりにも、大きな水たまりにも、水がある場所には例外なく、その中に園舎の姿がありました。

さきほどまで、雨が降っている時にもこのグラウンドをウロウロしていましたが、その時は水面が波立っており、何も映っていませんでした。

「水面が動いていれば何も映らない。でも、雨が止んで静かになれば、どの水たまりにも同じ景色が映るんだ。」

暗いグラウンドの中で、いくつもの水たまりに静かに園舎が浮かび上がっているその光景は、とても印象に残っています。

禅語【水中月(すいちゅうのつき)】が意味するもの

禅の言葉に【水中月(すいちゅうのつき)】という言葉があります。

中国の唐の時代の禅僧であり、臨済宗の宗祖として現代でも大切にされている臨済義玄(りんざいぎげん)禅師の教えをまとめた『臨済録(りんざいろく)』に登場する言葉です。

文字通り「水中に映る月」のことであり、

「形を見ることはできるけれども、決して捕まえることができないもの」の喩えとして使われます。

そして同時に、

「人間の感情の波は常に波立って流れているが、月(真理)は決して流れない」

という意味を持っています。

私たちの日常は、まさに雨の日の水たまりのようなものです。

仕事のプレッシャー、人間関係の悩み、将来への不安、あるいは日々の忙しさ。
次から次へと雨粒が落ちてきて、私たちの心という水面は常に波立っています。

「怒り」や「悲しみ」、「焦り」といった感情の波が次々と押し寄せ、絶えず揺れ動いている状態です。

水面が波立っているとき、そこには何も映りません。自分の本当の気持ちや、物事の真実の姿、周囲の人の優しさといった「大切なもの」が見えなくなってしまいます。運動会の準備で焦り、雨降るグラウンドをうろうろしていた時の私が、まさにそうでした。

しかし、空にある「月」そのものはどうでしょうか。

水面がどれほど激しく波立っていようとも、水が濁っていようとも、空にある月は変わりません。

月が流されてどこかへ行ってしまうことはありません。

大切なのは、「今、自分の心は波立っているな」と気がつくこと

雨が上がり、風が止み、水面が静まり返ったあの夜、保育園のすべての水たまりに園舎が映り込んだように、

波立っていた私たちの心がスッと静まったとき、そこには必ず「月」が映し出されます。

この「月」とは、私たちの中に本来備わっている清らかな心、仏教では「仏性(ぶっしょう)」とも言う大切な心です。

私たちは生きている限り、感情が波立つことを完全に無くすことはできません。

雨が降る日もあれば、風が吹く日もあります。だからと言ってイライラしてしまう自分や、不安に押しつぶされそうになる自分を責める必要はありません。

大切なのは、「今、自分の心は波立っているな」と気がつくことです。

感情の波に飲み込まれそうになったときは、一度立ち止まり、深呼吸をしてみてください。

今回の絵葉書で“こまめ”は、ただ静かに座っています。これが、自分の心を見つめる時間です。

波を無理に押さえつけようとするのではなく、雨が上がるのを待つように、静かに心が落ち着くのを待つ。

そうすれば、やがて水面が静かになるように、心の中にも、決して流されることのない美しく穏やかな月が姿を現します。

【水中の月】は教えてくれています。

感情の波に揺らぐことはあっても、私たちの本質は決して失われない、と。

ふと夜空の月を見上げたとき、あるいは雨上がりの水たまりを目にしたとき、ご自身の心の中にある「変わらない光」を思い出していただければ幸いです。

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