
こんにちは! 東光寺ブログ『新米和尚の仏教とお寺紹介、ときどき寺嫁』にご訪問いただきありがとうございます!
プレッシャーで記憶喪失!? 寺嫁、痛恨のミス連発の朝
「あ、あんなところにゴミ袋置きっぱなしだ…」
あんなところ、とは今日お寺にいらっしゃる和尚さまの控室のすぐ横。
トイレへの通り道。
きっと多くの和尚さまの目に触れたであろう場所。
そんなところにゴミ袋がドーン…やっちまった。
その日の朝、私は完全にバグっていました。 現住職が就任して初めて迎える、お寺の特大イベント「お施餓鬼(せがき)法要」。
「みなさまに気持ちよく今日の法要を過ごしてもらいたい」
「和尚さまに粗相のないようにしたい」
という目に見えないプレッシャーが、知らず知らずのうちに私のただでさえ容量が減ってきている脳内メモリをさらに圧迫していたようで…
結果、朝のゴミ捨てのミッションをうっかり忘れ、毎日欠かさず飲んでいるはずの薬の存在すら、記憶の彼方へ吹き飛んでいました。

7日だけ、ポツンと残ったままです…
ポンコツ全開です。
法要が始まる前段階で、すでに私の心の中には「余裕がない餓鬼」でいっぱいになっていました。
「施餓鬼」って恐ろしい儀式?

そもそも「施餓鬼」って、字面だけ見るとちょっとホラーっぽい、ですかね?
飢えた鬼に何かを施す、おどろおどろしい儀式を想像する方も、もしかしたら、いるかもしれません。
でも、違うんです。
餓鬼というのは、遠い地獄にいる恐ろしい生き物ではありません。
「もっと欲しい!」「自分の思い通りにしたい!」と、欲深くて常に飢えて不満を抱えている状態のこと。
つまり、私たちのすぐ身近、
何なら私自身の心の中にいる「欲張りな心」そのものなんです( ;∀;)
施餓鬼法要は、そんな餓鬼を救済するための法要であり、同時に
「あ、私の中にも餓鬼がいたわ」
と気づき、足るを知るための時間。
一粒のお米、一滴のお水に感謝する気持ちを込めて、すべての縁ある命・縁のない命に向けてお供えをします。
圧巻! 20名以上の和尚さまと一緒にお参り
いよいよ法要の時間が近づいてきました。いつもとは全く違う空気に包まれた本堂へ足を踏み入れます。
施餓鬼棚とお位牌・お塔婆が迎える、特別なお堂


法要を迎える本堂の中心には、この日のために特別に設けられた「施餓鬼棚(せがきだな)」がそびえ立っています。
そこには、お釈迦さまを表す独特な切り紙の「施餓鬼旗」や、東光寺の檀信徒の皆様、そして永代供養塔のお位牌が大切にお祀りされていました。
さらにその横には、ご先祖様と私たちの心を結ぶご供養の証「お塔婆」がずらり。
仏さまのお名前が書かれた五色の旗がハタハタと揺れる光景は、普段のお寺とは一味違う、背筋がピンと伸びるような厳かな空気に満ちていました。
23名の和尚様が入堂! 本堂に響くイケボな読経
本堂の畳には、すでに檀家の皆様が60名、そして袖師保育園の園児たちと先生方が17名、静かに席について開始を待っています。
そこへ、総勢23名もの和尚様方が、ずらりと列をなして堂々と入堂して来られました。

これだけの和尚さまが集まってくださるのは本当に珍しく、貴重なこと!!
ですが、この貴重さが伝えきれていないのは、新米住職とポンコツ寺嫁の力のなさ…
インフルエンサー並みの影響力がほしい…(あ、また欲が出てしまった。反省)
さてさて、法要が始まり、古来より伝わる『開甘露門(かいかんろもん)』のパートに入ると、
独特のメロディーで独唱する維那(いのう)役の和尚さまの素敵さ♪
その後に続く、低音が響くイケボな読経♪
これはライブで味わっていただきたい時間です。
来年は動画で記録を残したい寺嫁です。余談ですが…
一粒のお米、一滴のお水を丁寧にお供えする水向け(みずむけ)


お参り、というと焼香(いい香りの木の粉をパラパラする、あれです)のイメージがあるかもしれませんが、施餓鬼では特有のお参りをします。
それが「水向け」。
自分のご先祖様だけでなく、餓鬼をはじめ、より広く、より多くの命のために一粒のお米、一滴のお水を丁寧にお供えしていきます。
こうすることで、自分の中の「欲張りな気持ち」に気づき、見直していくきっかけになるんです。
来年は8月7日、“土曜日”、です!
今年はご都合悪く参列できなかった方も、来年は東光寺の本堂にいらしてみませんか?
難しい作法はわからなくてもご安心を。
「一粒のお米、一滴のお水に感謝する」という気持ち一つで十分です。
しかも来年は土曜日開催!!
平日はお仕事が休みにくい、という方も、ぜひこの機会をお見逃しなく!!!
インスタグラムでも当日の様子を紹介していますので、見てみてくださいね。
それでは、✼••┈┈お寺や仏教のことを身近に感じるためには まずは自分から┈┈••✼がモットーの寺嫁日記でまたお会いしましょう♪


