
8月15日は終戦記念日です。
この時期になると、先の大戦で出征された方々や、犠牲になられた方々に思いを馳せる機会が多くなります。
私には二人の祖父がおり、二人とも先の大戦で出兵を経験しています。
母方の祖父は戦死をいたしました。一方、父方の祖父(東光寺の先々代住職)は無事に帰還しました。
私が小学生の頃に学校で戦争体験の講話をしてくれたことはあったものの、不思議なことに、家庭内で家族として当時の話を直接聞くことは一度もありませんでした。
それほどまでに、実際に戦争を体験した世代にとって当時の記憶を語ることは、言葉にできない重みや葛藤があったのだと、大人になった今、考えています。
東光寺に祀られる戦没者の位牌
現在、私は東光寺の住職として、毎朝お参りをしています。
御本尊様やお檀家様のご先祖様、各仏様へ手を合わせますが、その中で「戦没者へのお参り」もさせていただいています。
東光寺の位牌堂には、戦没者全体をお祀りした大きな位牌が1本と、16名の戦没者の方々の個別の位牌が祀られています。

実は、この16名の位牌は平成5年(1993年)に新調されたものです。
平成5年に本堂を再建した際、祀られていたお位牌を全て新しくしたのですが、その裏でどのような話し合いがあったのか。
私は数年前に、この会議に参加していた方から教えていただきました。
「軍服を脱がしてやろう」という提案と、あの一喝
平成5年の本堂再建に向け、その数年前から役員会などの会議が幾度となく重ねられていました。
終戦からすでに40年以上が経過していた頃のことです。
旧本堂には檀信徒各家の位牌が祀られていましたが、大きさや形がバラバラでした。
そこで、せっかく本堂・位牌堂を建て替えるのならば、位牌も新調して大きさや形を揃えようということになりました。
そこで、旧本堂に祀られていた戦死された方々のお位牌について、会議の中でこのような意見が出ました。
「彼らも、戦後40年以上が経ったんだ。そろそろ軍服を脱がしてやってはどうだろうか。」
「そうだね。兵隊としての特別な位牌ではなく、それぞれの家の先祖代々の位牌の中に納めて供養する方が良いかもしれませんね。」
時代の経過を受け止め、故人を想うからこその提案であったようです。
しかしその時、静かに同席していた、実際に出兵した経験を持つ年配の男性が、突如として力強い声で一喝したのです。
「戦没者の位牌を無くすなど、絶対にやってはならん!」
静まり返る会議室で、男性は言葉を続けました。
「今の自分たちの感覚で、亡くなった方の気持ちや、位牌を建立した遺族の気持ちを勝手に判断してどうするんだ! 戦争に行ったこともない人間が、戦争に行った人間や、行かせた人間の気持ちを代弁することなど、あってはならないんだ!」
その迫力と重みに、誰も言葉を返すことはできなかったそうです。
こうして、戦没者の方々のお位牌を無くすことなく、すべて新しく作り直して手厚くお祀りし続けることが決まりました。
禅が教える「不二」と「一如」
私自身はもちろん戦争を体験していません。ですから、過酷な戦場に赴いた方々やご遺族の本当の悲しみを代弁することなど、到底できるはずがありません。
しかし、国や家族を守るために命を落とされた方がいること、そして、その方々を何とか供養したいと願って位牌を建立した方がいたという事実は、決して忘れてはならないと感じています。
禅の教えには、【不二(ふに)】や【一如(いちにょ)】という言葉があります。
これは、先人達とも心を一つにすることができるという教えです。
しかしそれは、「今の自分の感覚や価値観」という型に相手を当てはめることではありません。
「自我」を捨て去り、とことん「自分」を滅していくことによって初めて、相手と一如(ひとつ)になれるのです。
「今の自分たちの感覚で判断してはいけない」
会議で発せられたあの男性の一喝は、身勝手な解釈を捨て、先人の想いに寄り添うという、禅の「不二」「一如」の心を私達に突きつけてくれていたのだと感じます。
戦後何年が経過しようとも、自分の感覚だけで過去を推し量るのではなく、先人たちの悲しみや祈りに静かに寄り添い続けること。
その言葉の重みを胸に刻みながら、これからもお参りを続けていきたいと思います。



