
2026年(令和8年)8月20日、東光寺(静岡市清水区横砂)にて小中学生を対象とした「寺子屋体験」を開催いたしました。
その活動報告を順番に紹介させていただいております。
※これまでの記事はこちらからご覧いただけます。
なぜお寺で過ごすの?(2026寺子屋体験レポート その1:開会式)
2026年(令和8年)8月20日、東光寺(静岡市清水区横砂)にて小中学生を対象とした「寺子屋体験」を開催いたしました。 今年度は23名の小中学生が参加し、朝の8時30分から17時まで、1日を通してお寺の様々な行事を体験し […]
心のお掃除の基礎を学ぼう!(2026寺子屋体験レポート その2:坐禅)
2026年(令和8年)8月20日、東光寺(静岡市清水区横砂)にて小中学生を対象とした「寺子屋体験」を開催いたしました。 その活動報告を順番に紹介させていただいております。 今回の記事では、開会式に続いて行われた「坐禅」に […]
今回の記事では、開会式や坐禅に続いて行われた「お経の練習・読経」について紹介をさせていただきます。
※これまでの話しから続く内容もありますので、よろしければぜひ前の記事もあわせてご覧いただければ幸いです。
23人が参加してくれた寺子屋体験。
やっぱり坐禅だけでなく、お経をお唱えしないわけにはいきません。
「お経の練習」の時間。
私は、参加者の前に立ってスライドを出しながら、ひそかにドキドキしていました。
なぜか? 答えは簡単。
お経だからです…
参加者(子供)からすれば
"謎の漢字がズラッと並んだ、呪文みたいな昔の言葉"
以外の何物でもありません。
これをただ「はい、読みなさい」と強要したところで、絶対に飽きてしまいます。
飽きたら何をするのか。
子供達は遊びの天才です。
過去の私がしたように、面白おかしくお唱えしたり、適当な言葉を連ねて「お経風」にくだらない内容の言葉を連呼して遊んでしまうかもしれません。
お経は〇〇の教科書?
しかし、お寺でお経を読むのは、ただの暗記テストではありません。
「自分の心を掃除する」という、ものすごく大切な目的があるのです。
だから、私は子供たちに質問をしてみました。
私「お経は〇〇の教科書である。さて、〇〇には何が入るでしょう?」
参加者は「学校の教科書!」や「昔の言葉!」
などと元気に答えてくれました。
私が子どもたちに伝えた内容はこうです。
「実はね、お経は『人生』の教科書なのです。仏教を開いたお釈迦様が話してくれた、生きていくための教えが書かれています」
「さらに、今日読む「白隠禅師坐禅和讃」の中にある「衆生本来仏なり」という言葉は、「みんな、本当は仏様なんだよ」という意味があるんだよ。」
そして迎えた、実際の読経の時間。
私は、驚きました。
みんな、背筋がピンと伸びているのです。

そして何より、学年の小さな参加者が、誰よりも大きな声で、一生懸命にお経を読み始めました。
すると、それに釣られるようにして、ちょっと斜に構えがちな高学年の大きな子供たちも、負けじと全力で声を出し始めたのです。

本堂いっぱいに、23名の力強い声が響き渡りました。
圧倒されました。
これまで子供たちを見てきて感じるのは、失敗を恐れずに大きな声でお経を読む子は、圧倒的に覚えが早いということです。
そして同時に、私は恥ずかしくなりました。
大人になり、僧侶として毎日お経を読んでいる私の中に、「間違えたら恥ずかしい」「少しでも上手に聞こえるように読みたい」という、なんともみみっちくも恥ずかしい見栄が溜まっていたことに気がついてしまったからです。
子供たちは、他人の目なんて気にしません。
間違えることなんて恐れず、ただ無心に、目の前の「人生の教科書」に向かって大きな声を出しています。
その純粋でまっすぐな姿こそが、大切です。
なぜ私たちはお経をお唱えするのか?
寺子屋体験でお経を読む本当の意味。
それは、難しい漢字をすらすら言えるようになることではありません。
「人生の教科書」に触れ、失敗を恐れず、純粋な心で大きな声を出すことで、自分の中に溜まった「見栄」や「恥」という名のホコリを吹き飛ばし、心を掃除することなのです。
参加してくれた子供たちは、この時間を通して、体裁を気にせず一生懸命取り組むことの尊さを全身で吸収してくれました。
私もまだまだ修行中の身です。
子供たちを上手に導けた、なんてこれっぽっちも思っていません。むしろ、彼らの素直な姿を模範として、自分自身の汚れを見つめ直す機会をもらってしまいました。
これからも、お寺という場所を通して、子供たちがのびのびと心を磨き、大人の私たちがハッとさせられながら共に成長できるような、そんな寺子屋体験を開催してていきたいと考えています。





