
「えっ、今生きているこの世界も、地獄になっちゃうの……?」
本堂の畳の上で、子供たちの顔がサッと青ざめました。
無理もありません。
目の前のスクリーンには、おどろおどろしい「地獄」の絵がドーンと映し出されているのですから。
2026年(令和8年)8月20日。東光寺(静岡市清水区横砂)に23名の小中学生が集まり、朝の8時30分から17時までみっちり修行に励む「寺子屋体験」での一コマです。
2026年(令和8年)8月20日、東光寺(静岡市清水区横砂)にて小中学生を対象とした「寺子屋体験」を開催いたしました。
その活動報告を順番に紹介させていただいております。
※これまでの記事
活動報告3 読経 【恥ずかしがる大人を置き去りにして、子供たちは仏様に近づいていく】
活動報告4 布薩(ふさつ) 【「えっ、そんなに頭を下げるの!?」驚きの声から始まった心のお掃除】
活動報告5 食事 【「食器を洗うから、たくあん買ってきて!」の意味】
はこちらからご覧いただけます。
地獄って?極楽って?
午後の体験の始まりは「極楽作り体験」でした。
この体験を通して、私が子供たちに一番伝えたかったこと。
それは、
"極楽も地獄も、死んだ後に行く遠い世界の話じゃない。今の自分たちの心と行動次第で、今ここが地獄にも極楽にもなる!"
ということです。
スライドの地獄の絵を見せながら、
「地獄ってね、時代と共に変わるんです。つまり、人の欲望の数だけ地獄がある。自分のことばかり考えていると、今生きているこの場所も地獄になり得るんだよ」
怖がる子供たち。でも、ここからが本題です。
「でもね! 同じように、今、ここを極楽にすることだってできるんです!」
その瞬間、青ざめていた子供たちの顔にパァッと光が差し込み、
「どうやったら極楽を作れるの!?」
と、目を輝かせて興味を持ってくれました。
ここで登場するのが、「極楽箸」のお話です。
地獄にも極楽にも、とっても長〜いお箸があります。
地獄の住人は、その長いお箸で「自分だけ」が食べようとするから、うまく口に運べず、ずっとお腹を空かせています。
でも極楽の住人は違います。長いお箸を使って、お互いに食べさせ合うんです。
そう、極楽作りの基本は
「誰かのために何かをすること」
なんですよね。
さあ、いよいよ極楽作りの実践です!
極楽作りの第一歩として、まずは「誰かを思いやる心」を持つことから始めました。
子供たちには、自分の大切な人を思い浮かべながら、「お守り」を作る作業をしてもらいました。
お守りというと、「テストで良い点が取れますように!」なんて、自分のお願いごとを書きたくなるものです。
しかし、極楽の基本は相手を思いやること。
「家族が元気でありますように」
「おじいちゃんが笑顔でいられますように」


自分以外の誰かのために祈る優しい心を持った時、すでにその子たちの心の中には、小さな極楽ができあがっているのです。
続いて、そのお守りを優しく包み込むような「蓮の花」を、折り紙で作ることに挑戦してもらいました。
蓮の花は、汚い泥の中から美しい花を咲かせます。
仏教では、この「泥」を、私たちの普段の生活にある悩みや苦しみ、そして欲望に例えます。
思い通りにならないことや、つい自分勝手になってしまう心(泥)があるからこそ、相手を思いやる優しい心(蓮の花)の美しさに気づき、パッと咲かせることができるのです。


「今、ここを極楽にするにはどうしたらいいだろう?」
みんながそんな思いを胸に折り紙に向き合っていたからでしょうか。
少し難しい折り方のところにくると、誰に言われるでもなく、あちこちでこんな声が聞こえてきたんです。
「ここは、こうやって折るんだよ」
「手伝うよ!」
「あ、ありがとう!」

自分の折り紙を一旦置いて、困っている友達にスッと手を差し伸べる。
子供たちが「極楽箸」の教えをすぐに行動へ移してくれたおかげで、本堂の空間がみるみるうちに温かい「極楽」へと変わっていきました。
足のしびれに耐えながら坐禅に打ち込み、極楽作りの教えをスポンジのように吸収してすぐに実践してくれた子供たち。本当に立派でした。

皆さまも、日常の中でふと「極楽箸」のことを思い出し、誰かと心温まる極楽の時間を過ごしていただければ幸いです。
次回は「掃除」タイムをご紹介。どこをどんなふうに掃除したのでしょう?


