
「はい、まだまだ水が出るからやり直し!」
「えーっ! こんなに力いっぱい絞ったのに!」
私が受け取った雑巾を少しひねると、ポタポタッと水がこぼれ落ちる。
それを見た子供たちは、目を丸くして叫んだ。
「うわーっ! 本当だ! 水が出た!」
お寺の境内に、どよめきと歓声が響き渡りました。
手品の大掛かりなイリュージョンを見たわけではありません。
彼らが大興奮しているのは、なんと「雑巾から水が出たこと」なのです。
「たかが雑巾絞りで?」と笑ってしまうかもしれません。
けれど、この小さな出来事の中に、大人である私がすっかり忘れていた「物事の本質」が隠されていました。
私が新米和尚を務める東光寺(静岡市清水区横砂)で、小中学生を対象にした「寺子屋体験」を開催した日の出来事です。
2026年(令和8年)8月20日、東光寺(静岡市清水区横砂)にて小中学生を対象とした「寺子屋体験」を開催いたしました。
その活動報告を順番に紹介させていただいております。
※これまでの記事
活動報告3 読経 【恥ずかしがる大人を置き去りにして、子供たちは仏様に近づいていく】
活動報告4 布薩(ふさつ) 【「えっ、そんなに頭を下げるの!?」驚きの声から始まった心のお掃除】
活動報告5 食事 【「食器を洗うから、たくあん買ってきて!」の意味】
活動報告6 極楽を作る 【極楽はどこにある? 〜長すぎるお箸と、折り紙の蓮が教えてくれたこと〜】
はこちらからご覧いただけます。
開会式で、私は仏教の大切な教えである「七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)」のお話をしました。
「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教
(悪いことはせず、善いことする、自分の心を浄める、これが仏の教えである)」
つまり、今日の目標は「心のお掃除」を勉強することですよ、と伝えたのです。
そして迎えた、「掃除」の時間。
お寺での掃除は、ただ床や畳を綺麗にするだけの物理的な作業ではありません。自分の心と向き合う、大切な修行なのです。
第一関門「雑巾絞りテスト」

子供たちは自分たちなりに精一杯雑巾を絞り、「どうだ!」と自信満々に私の所に持ってきます。
しかし、私がちょっと絞ると水が出るので、「はい、やり直し!」と突き返されてしまいます。
ほぼ全員が、最初のテストでは見事に落第してしまったのです。
無理もありません。今の時代、便利な掃除家電や使い捨てシートにあふれ、日常の中で「雑巾を親の仇のように固く絞る機会」なんてそうそうないからです。

中には、雑巾を畳むことすら知らず、小さな手でそのままおにぎりのようにギュッと握りしめて、顔を真っ赤にして水を絞り出そうとする子もいました。
そこで私は、雑巾をきちんと畳んで、手首をひねるようにして絞る「コツ」を見せました。

すると、子供たちの目の色が変わります。教えられた通りに、一生懸命に挑戦し始めたのです。
さっきまでは自分で絞っても一滴も出なかった雑巾から、正しい絞り方をすることで再び水がポタポタと落ちるのを見て、彼らはまるで、自分の中に眠っていた未知のパワーを解放したヒーローのように、「うわー! 水が出た!」と無邪気に喜んでくれました。
見事にテストに合格した後は、その雑巾で本堂の畳を拭いていきます。
第二関門「畳拭きテスト」
ここで、私はもう一つ大事なことを伝えました。
「しっかり固く絞れていない雑巾で畳を拭くとね、逆に畳をカビさせてしまうんだよ」
「えっ、カビ!?」と、子供たちは驚きます。
さらに、今の時代は家の中に畳があること自体が珍しくなりました。
当然、子供たちは「畳の目」が分かりません。
「目に沿って拭かないと、畳が傷んでしまうんだよ」と説明し、実際に目に沿って拭くことの意味を伝えました。


昔から伝わってきている良い習慣には、すべて意味や理由があります。
その理由を知った瞬間、子供たちの動きが変わります。
ただ手を動かすのではなく、畳の目をじっと確認しながら、丁寧に、そして一生懸命に拭いていくのです。
「ただ言われたからやる」のではなく、理由を理解し「自分で考えて、行動する」。
一枚の雑巾と畳を通して、彼らは多くのことを学んでいるように感じます。
習慣に込められた大切な意味に気づく
そんな彼らの真剣な顔を見ていて、私にも感じることがあります。
大人になった私はどうかということです。
私たちは日々、先人たちが残してくれたたくさんの良い習慣に囲まれて生きています。
しかし、毎日のように繰り返していると、いつの間にか
「とりあえずやっておけばいいや」
「体裁さえ整っていればいい」
と、ただの作業として、機械的にこなしてしまうことがあります。
「なぜそうするのか」
という、その習慣に込められた本当の意味を考えず、ただ形だけを実行するようになってしまえば、やがて私たちは物事の大切な本質を見失ってしまうのです。
子供たちの真剣に掃除に取り組む姿勢は、「心のお掃除」なんて偉そうに語っておきながら、実際は自分自身が心を調える習慣を大切にしているか見つめなおすきっかけになります。
普段から当たり前のようにこなしている習慣の一つひとつに、もう一度心を込めて、その意味に真剣に向き合ってみる。
それこそが本当の意味での「心のお掃除」なのだと、おにぎり絞りをしていた子供たちに教えられてしまいました。

寺子屋体験を通して、子供たちは「理由を考えて行動する」という経験をしてくれました。
それは間違いなく、本堂の畳だけでなく、彼ら自身の心をもピカピカに磨き上げる素晴らしい時間になったはずです。
だからこそ、寺子屋体験以外でも日々の生活の中で当たり前に行っている習慣について、ふと立ち止まって「なぜそうするのか」を考えてみることも大切なのだと思います。
ただこなすだけだった日常の行動が、自分の心をピカピカに調える、ちょっと特別な時間に変わるかもしれません。
私も、子供たちのあの真っ直ぐで素直な姿を思い出しながら、基本を大切にしていこうと思います。


