
ページを開いて、『読む深呼吸』をしませんか。
住職のまっすぐな言葉と、寺嫁のまあるいイラストで、今日が優しく調う、ほっとする時間をお届けします。
お互いを認めたときに、大きな力は発揮される
【三人寄れば文殊の智慧】

生まれつき脳内に最新型の記憶装置を搭載している特別な人?
「えっ、なんで私のこと覚えてるんですか!?」
心の中で、思わず叫んでしまいました。
相手は、臨済宗で「老師」と呼ばれる和尚様。
数年前の行事の際に数分間だけ道案内をしたことがあったんです。
でも、まさか私の顔を見るなり
「あの時案内してくださった方ですね。」
と声をかけていただけるなんて、思いもしませんでした。
というのも、私自身がとにかく記憶力に自信がないからです。
学生時代のテスト勉強だけでなく、教員時代も、僧侶になってからも、出会った方の名前と顔を一致させるのに、それはもう必死の思いをしてきました…
昨日食べた晩ごはんのおかずすら怪しい時があるくらいです。
だからこそ、昔から「記憶力が良い人」には強烈な憧れがありました。
厳しい修行を重ね、指導者として認められた方だけに許される「老師」という呼び方。
私がお会いしてきた老師方は、見事なまでに全員、
記憶力がずば抜けているのです。
「きっと老師になるような方は、生まれつき脳内に最新型の記憶装置を搭載している特別な人なんだ。」
私はそうやって、勝手に納得していました。
でも、その記憶力の秘密は、生まれ持った特殊な才能などではなく、実は「心の状態」にあったのです。
パソコンでは変換しきれない「ちえ」
突然ですが、「三人寄れば文殊の知恵」ということわざ、皆様も一度は耳にしたことがありますよね。
パソコンで「ちえ」と入力すると、だいたい「知恵」と変換されます。
これは、知識が豊富であることや、損得を正しく判断できる能力のことです。
でも、仏教や禅の世界で使われるのは「智慧」という漢字。
こちらは、真実の姿を見極める心の働き、禅の言葉で言えば「とらわれのない自由な心」を意味します。
また、ことわざに登場する「文殊」とは、この智慧を司る文殊菩薩のこと。
獅子にまたがり、手には智慧の剣と経典を持っている仏様です。
坐禅修行を行う禅堂にもお祀りされています。
そのような仏様ですから、
「知恵」があるなしよりも「智慧」が大切です。
つまり、本来なら、「三人寄れば文殊菩薩の智慧」と言うべきなんですよね。
なので、一般的な「複数の人が集まったらいいアイディアが生まれる」という意味とは別の、もう一つの見方があります。
それは、「複数の人が集まったとき、お互いの『自分』と『他人』という境界線がなくなり、心が一体となる姿こそが智慧である」というものです。
お互いの境界を無くし、一体となる姿
実はこの文殊菩薩、十三仏信仰の3番目の仏様でもあり、大切な方が亡くなられた後の「三七日(みなのか=21日目)」の法要を見守ってくださる存在でもあります。
~十三仏信仰とは~
大切な方が亡くなった後に行われる13回の追善供養(法事)の際、故人を守り導いてくれる13体の仏様をお祀りするものです。
仏教が中国を経て日本へ伝わる際に、仏教の教えと日本の習慣が合わさった独自の仏教思想です。
大切な人を亡くし、まだ1ヵ月も経たないくらいでは、たった一人で暗闇に取り残されたような気持ちになることがあります。
でも、そんな時にこそ、文殊菩薩の智慧を思い出してください。
『亡くなった方』と『自分』という境界線をなくし、心が一体となることができれば、一人では到底抱えきれなかったはずの悲しみと向き合い、前を向いて歩いていくための「大きな力」が、自分の中から湧いてくるのではないでしょうか。
記憶力を高める魔法の言葉
さて、話を「老師の記憶力」に戻します。
実は、老師の記憶力の秘密は、その「口癖」に隠されていました。
それは、「ありがとう」「ありがたい」という言葉です。
老師はどんな場面でも、あらゆることに対して心からの感謝を口にされます。
私たちが日常でつい「当たり前」とやり過ごしてしまうような小さな出来事も、感謝の心で丁寧に受け止める。
そうやって感謝の心を持つからこそ、一つ一つのご縁が心に深く、鮮明に刻み込まれるのです。
記憶力にまったく自信のない私でさえも、強烈な出来事や、「本当にありがたい」と思ったことは忘れません。
だからこそ、「本当にありがたい」、を日常の中にまで落とし込むことができれば、毎日の出来事をしっかりと記憶にとどめておくことができる。いや、自然と忘れずにいられるのだと思います。
さらに言うと、「ありがとう」「ありがたい」は相手を認める言葉でもあります。
「ありがたい」と心から感じ、「ありがとう」と伝えることはお互いの存在を認め合うことにつながります。
そうすることで不思議と自分と他人の境界線が消えて、心が一つになっていきます。
文殊菩薩の智慧が発揮されるのです。
故人が遺してくれたことへ「ありがとう」
自分を支えてくれる人へ「ありがとう」
「ありがとう」があれば、私たちは大きな力を発揮できます。
このことを信じて、私はこれからも、たくさんの「ありがとう」を口にして、この大きな力を発揮し続けていきたいと思っています。


