
ページを開いて、『読む深呼吸』をしませんか。
住職のまっすぐな言葉と、寺嫁のまあるいイラストで、今日が優しく調う、ほっとする時間をお届けします。
答えをくれる人がほしいんじゃない。一緒に答えを探してくれる人がほしい。
【灰頭土面 (かいとうどめん)】

空前絶後の一日
東光寺では、毎月8日に「布薩会(ふさつえ)」という、これまでの行いを反省して心を整える法要を行っています。
事件は、2026年2月に起きました。
なんと、大変ありがたいご縁をいただき、
東光寺の法要にお越しくださることになったのです。
「老大師・老師」と呼ばれる方は、想像を絶する厳しい修行を重ねられた、いわば禅のトップ・オブ・トップ。
私たち一般の僧侶からすれば、完全なる雲の上の存在です。
そんな尊すぎる方が、東光寺にいらっしゃる!!!
もう、東光寺の布薩会に関わる人々が「絶対に、何があっても、1ミリの粗相もあってはならない!」と、大張り切り状態。
まずは玄関に、赤い毛氈(もうせん)を敷きます。
そこに、ピッカピカのスリッパをセッティング。
控室もチリひとつなく完璧に整え、とびきり上等なお茶とお菓子をスタンバイしました。
そして極めつけは、本堂です。何度も立ったり座ったりして礼拝を繰り返す法要なので、少しでもお体への負担が減るようにと、東光寺が誇る
「ダントツで一番フカフカの座布団」
を、満を持してドーン!とご用意しました。
「ふふふ、完璧だ。我ながら最高のおもてなしだ」と、私はすっかり大満足をしていました。
普段使いの座布団と、予期せぬお姿
ところが…
本番前、ひと足先に到着された秘書の方が会場のチェックに入られました。
そして、私が用意した渾身のフカフカ座布団を見るなり、静かに、それはもう静かに、こうおっしゃったのです。
「老師は、ここまでフカフカの座布団を喜びません。いつも使っているものでいいんですよ!」
……えっ。
見事なまでの、か・ら・ま・わ・り。
私は声にならない悲鳴を上げながら、慌ててフカフカ座布団を撤収し、普段使いの座布団を並べ直しました。
その後、いよいよ老大師がご到着されました。
さあ、私がうやうやしくVIPルーム(控室)へご案内をと思った次の瞬間。
なんと老大師は、用意していた特別なスリッパを履くこともなく、整えた控室に見向きもせず、スッと、本当にスッと、一般の皆さんと全く同じように玄関から真っ直ぐ本堂へと入って行かれたのです。
「あ、こちらが控室で……ああっ、そちらじゃないです!」
先導しようと張り切っていた私は、廊下の途中でキュギュッと急ブレーキをかけ、慌ててきびすを返して老大師の背中を追いかけることになったのです。
灰頭土面と、普賢菩薩のまなざし
法要が始まり、”いつもの座布団”で、黙々と礼拝を繰り返される老大師を拝見し、この姿を禅語にある、灰頭土面(かいとうどめん)というのだと感動していました。
【灰頭土面(かいとうどめん)】
〜灰まみれ、泥だらけになって働く。その姿が美しい〜
頭に灰をかぶり、顔を泥だらけにしながら、周囲とひとつになっていくことを意味する言葉です。
本当に苦しむ人を救うためには、自らその苦しみを共にし、一緒に歩んで行くことの尊さを示しています。
仏教ではこれを「慈悲の心(菩薩行)」ともいいます。
特別扱いを好まず、皆さんと同じように本堂へ入り、普段使いの座布団でお参りされる老師のお姿に触れ、私は「本当の寄り添いとは何か」を教えていただいたように感じました。
今回の絵葉書に描かれている「普賢菩薩(ふげんぼさつ)」も同じです。
普賢菩薩は十三仏信仰の4番目の仏様。
あまねく世界に現れ、私たちが生きる泥臭い日常に自ら足を運び、慈悲の心で人々を救ってくださる、身近でとても温かい仏様です。
~十三仏信仰とは~
大切な方が亡くなった後に行われる13回の追善供養(法事)の際、故人を守り導いてくれる13体の仏様をお祀りするものです。
仏教が中国を経て日本へ伝わる際に、仏教の教えと日本の習慣が合わさった独自の仏教思想です。
答えを一緒に探す人でありたい
私はどこかで、「相手を敬うことは特別なものを用意して、他と区別すること」だと思っていたのかもしれません。
しかし、同じ灰や泥をかぶり、同じ目線で痛みを分かち合うこと。そういった寄り添い方があることを教えていただきました。
私たちが本当に苦しくて立ち止まってしまったとき、心から求めているのは何でしょうか。
それが
「答えをくれる人がほしいんじゃない。一緒に答えを探してくれる人がほしい」
なのかもしれません。
泥だらけになって、一緒に迷い、一緒に悩み、「どうしようか」と隣で寄り添ってくれる。
それこそが、灰頭土面であり、普賢菩薩の温もりなのだと思います。
私はこれからも、時には自分の情けなさや失敗をさらけ出しながら、皆さんと一緒に泥だらけになって歩んでいきたい。
フカフカの座布団を探すのではなく、ペタンコの座布団で隣に座り、一緒に答えを探し続ける。
そんな、温かくも身近な毎日を大切に生きていきたいと考えています。


