僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏③

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
奇跡の音と世界で一番美しい音
森の中に、音楽が大好きな一匹の子ウサギがいました。子ウサギは、いつも考えていました。
「世界で一番美しい音って、どんな音だろう? その『奇跡の音』を見つけられたら、きっと森のみんなの心を、幸せにできるのに。」
子ウサギは、耳をすましました。風が木々の葉を揺らすサラサラという音。小川が岩を撫でるせせらぎの音。どれも良い音でしたが、子ウサギが探している「奇跡の音」ではありませんでした。
「もっと遠くに行けば、誰も聞いたことのない、特別な音がきっとあるはずだ!」
そう考えた子ウサギは、森のみんながまだ寝ている朝早く、お弁当も持たずに旅に出ました。
旅の途中、子ウサギはたくさんの音に出会いました。
小鳥たちの陽気なさえずり、
クマの大きないびき、
市場の活気あふれるざわめき。
でも、子ウサギは
「こんなの、ただの音だ。ぼくが探しているのは、もっとすごい音なんだ。」
と、考えて、どんどん森の奥へと進んでいったのです。
やがて子ウサギは、「奇跡の音」が聞こえるという噂を聞いた場所にたどり着きました。
その場所は、しーんと静まりかえっています。
子ウサギは、そこに座り込み、じっと耳を澄ましました。
しかし、いくら待っても「奇跡の音」は聞こえてきません。
聞こえるのは、自分の心臓のドキドキという音と、谷を吹き抜ける風の音だけでした。
お腹もペコペコです。
「どこにも、奇跡の音なんてないじゃないか・・・」
がっかりして、お腹を空かせた子ウサギは、しくしくと泣き始めてしまいました。
そのときでした。遠くから楽しそうな声が聞こえてきました。
声のする方へ歩いていくと、リスの親子がピクニックをしているのが見えました。
子リスが、お母さんリスの作ったお弁当をほおばりながら、言いました。
「お母さんのお弁当、世界一おいしいね!」
「あらあら、たくさんお食べ」
お母さんリスが、とてもやさしい声で答えます。
その何気ない親子の会話を聞いた瞬間、子ウサギは、まるで雷に打たれたように、はっとしました。
「世界一…?」
子ウサギは、ずっと遠いどこかにある特別な「奇跡の音」を探していました。でも、あの子リスにとっては、お母さんが作ってくれたお弁当こそが「世界一のごちそう」なのです。
そのとき、子ウサギの頭の中に、今まで聞き流してきたたくさんの音が、急にあふれだしました。
「いってらっしゃい」と手を振ってくれた、お母さんの声。
「これ、あげるよ」と木の実を分けてくれた、友達の声。
「おかえり」といつも迎えてくれる、お父さんのあたたかい声。
「そっか…。奇跡の音は、遠くのどこかにあるんじゃなかったんだ。ぼくのすぐそばに、ずっとずっと、たくさんあったんだ…」
特別な音を探すあまり、身の回りにあふれる愛情のこもった声や、日々の暮らしの音という、かけがえのない宝物の存在に気づかずにいた自分。その愚かさに気づいた子ウサギの目から、涙がこぼれました。でも、この涙は悲しい涙ではありませんでした。
子ウサギは、急いで自分の森へと駆けだしました。
森に帰った子ウサギは、もう遠くへ「奇跡の音」を探しに行くことはありませんでした。その代わり、毎日の暮らしの中にある音に、じっと耳を澄ますようになったのです。
お母さんが自分を呼ぶ声、友達の笑い声、風の音、川のせせらぎ。
その全てが、今まで聞いたどんな音楽よりも美しく、子ウサギの心を豊かに満たしてくれました。
子ウサギは、奇跡の音は、探しまわるものではなく、ただ、「そこにある」ということに気がつくものなのだと知ったのです。
