僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。

 

 

魔法のメガネ

森のはずれに、一匹のさるの子が住んでいました。さるの子は、いつも眉間にしわを寄せて、不満ばかり言っていました。

 
「うちのご飯はいつもおんなじ。お隣のりすさんちのクルミパイの方が、ずっと美味しそうだ」
「ぼくんちの家は、なんだか薄暗くてボロボロだ。うさぎさんちの巣穴の方が、ずっと気持ちよさそうだ」
 

さるの子は、自分には何もない、なんて不幸なんだろう、と毎日思っていました。お母さんざるが作ってくれる温かいスープも、雨風をしのいでくれる頑丈な家も、彼にとっては当たり前すぎて、そのありがたさに気づけなかったのです。

 

 
ある日、さるの子が不満を言いながら歩いていると、森で一番物知りのふくろうに出会いました。

 
「さるの子よ、また難しい顔をしておるな。何がそんなに不満なのじゃ?」
 

「だってふくろうさん、ぼくの周りには、いいものなんて何もないんだもの!」
 

それを聞いたふくろうは、大きな羽のポケットから、古びた丸いメガネを取り出しました。

 
「ほう、そうかい。では、これをかけてみなさい。これはな、『幸せが見える魔法のメガネ』じゃ。きっとお前の世界が変わって見えるじゃろう」

 
さるの子は半信半疑でメガネをかけました。物知りなふくろうの言うことだから、としぶしぶかけてみることにしました。
家に帰ると、いつものように、お母さんざるが夕食の支度をしていました。
 

「どうせ、またいつものスープさ」

 
そう思いながらテーブルにつくと、不思議なことが起こりました。魔法のメガネを通して見ると、スープからは湯気がふわふわと立ちのぼり、キノコはツヤツヤと輝いています。

 
「わあ…!」

 
さるの子が思わず声をあげると、お母さんざるがにっこり笑いました。

 

「今日はね、お前が好きな香りのいいキノコをたくさん入れたのよ。」

 

スープを一口飲むと、今まで食べたどんなごちそうよりも、温かくて優しい味がしました。

 
次の日、家の中を見回すと、壁の木目がキラキラと光る模様に見えます。お父さんざるが作ってくれた椅子は、どっしりと頼もしい王様の椅子のようです。

 
「ぼくんちって、こんなに素敵だったんだ!」

 
さるの子はすっかり嬉しくなり、毎日メガネをかけて過ごしました。道端の小さな花のきれいな色、葉っぱの上で光る朝露、友達のりすが笑った時にぴょこんと動く耳。世界は、素晴らしいもので溢れていました。
さるの子はもう不満を言わなくなりました。毎日が楽しくて仕方ありません。

 
そんなある日、さるの子が夢中で遊んでいると、木の枝にメガネをひっかけて、草むらの中に落としてしまいました。
 

「大変だ!魔法のメガネが!」
 

必死で探しても、メガネは見つかりません。

 

「どうしよう、あれがないと、またぼくの周りはつまらないものばかりになっちゃう…」。

さるの子が泣きそうになっていると、またふくろうがやってきました。
 

「さるの子よ、メガネならここにあるぞ」
 

ふくろうが差し出したメガネは、レンズが片方なくなっていました。ただの空っぽのわっかです。さるの子ががっかりしていると、ふくろうは言いました。
 

「もう一度、自分の目でよーく世界を見てごらん。何か変わったかな?」
 

おそるおそる、さるの子は自分の目で周りを見ました。道端の花はやっぱりきれいで、家に帰ると、お母さんざるのスープはやっぱりいい匂いがします。
さるの子は、はっとしました。
 

「ふくろうさん、わかった!魔法のメガネなんて、本当はなかったんだね!」
 

ふくろうは、満足そうにうなずきました。
 

「そうじゃ。わしがあげたのは、ただのガラスのメガネじゃよ。だがお前さんは、それをかけたことで、『素晴らしいものを探そう』と心に決めた。だから、今まで見えなかった幸せが見えるようになったのじゃ。幸せは、もともとお前の周りにたくさんあったのじゃよ。『長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず』。お前さんは、宝物でいっぱいのお城に住んでいるのに、自分は貧しい村にいると迷っていたのと同じだったのじゃ」
 

次の日から、ニコニコして暮らすさるの子の顔にメガネはありませんでした。

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