僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏⑥

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
ねこの兄弟の心の旅
ねこの兄弟が住んでいました。
ある晴れた日の朝、二人は目を覚ますと、お母さんねこが、とびきり美味しそうな焼きたての魚を持ってきてくれました。
「おいしそうだね!」「最高のごちそうだね!」
二人は顔を見合わせて笑いました。心の中は、ぽかぽかの春の日差しでいっぱいでした。
お母さんねこは言いました。
「さあ、朝ごはんですよ。仲良く半分こして食べるのよ。」
ところが、その魚を半分にしたとたん、お兄さんねこはむっとした顔になりました。
「なんだよ!ぼくの方が小さいじゃないか!」
ほんの少しだけ弟の魚が大きいように思えて、急に悔しくなりました。
「そんなことないよ!同じだよ!」
弟ねこも負けずに言い返します。二人の心の中は、さっきまでの春の日差しから、ゴロゴロと雷が鳴る嵐に変わってしまいました。
「ぼくがお兄ちゃんだから、大きい方をもらうんだ!」
「やだ、いじわる!」
とうとう二人は取っ組み合いのけんかになりました。お互いを爪でひっかき、ムキになって言い合います。
そのとき、母ねこの悲しい声が響きました。
「もう、そんなけんかばかりする子には、朝ごはんはあげません!」
母ねこは、魚を取り上げてしまいました。
楽しみにしていた魚は、もうどこにもありません。食べたくてたまらないのに、食べられない。二人の心は、「お腹がすいたのに」という気持ちでいっぱいになりました。
罰として、二人は暗い部屋に閉じ込められました。
「お兄ちゃんのせいだ!」
「お前が悪いんだ!」
暗闇の中で、二人はお互いを責め合い、自分の行いを後悔しました。
どれくらい時間がたったでしょう。隅っこで、弟ねこがしくしくと泣き出す声が聞こえました。
それを聞いたお兄さんねこも、つられて悲しくなってきました。
「・・・ごめんね。ぼくが、いじわるだった」
「ううん、ぼくも・・・ ごめん。」
二人が謝り合ったとき、戸がそっと開きました。外の光が差し込み、二人は顔を見合わせました。そこには先ほどまでののしり合った兄弟はいません。いつもの兄弟の顔がありました。
その夜、月明かりの下で、母ねこが優しく語りかけました。
「おやすみの前に、少しだけお話をしましょうね。『六道』という、私たちの心が旅をする、六つの世界のお話。」
二人は、静かに母ねこの話に耳を傾けました。
「二人が朝、ごちそうを前に幸せいっぱいだった時、心は『天道』という喜びの世界にいました。でも、魚の大きさをめぐって怒り始めた時、心は『修羅道』という争いの世界へ。お互いをひっかき合った時、心はまるで獣のような『畜生道』にいたのです。
朝ごはんを取り上げられて苦しんだ時、心は満たされない『餓鬼道』をさまよい、暗い部屋で怖くてつらい思いをした時、心は『地獄道』に落ちてしまっていたんですよ。」
母ねこは、二人の頭をそっと撫でました。
「そして、『ごめんね』と謝り、いつものお互いに戻った時、君たちの心は『人道』という世界にいました。でもね、『人道』もまた、喜びや怒り、悲しみに振り回され、すぐに他の世界へ旅をしてしまう、迷いの多い世界なのです。」
二人は不思議そうに顔を上げました。
「そうよ。この六つの世界をぐるぐると回り続けるのは、とても疲れることでしょう。この道から抜け出して、どんな時も素直な心になること。それを『悟り』というの。この六つの世界が自分たちの心の中にあると知ることが、その第一歩。そしていつか、そんな穏やかで素直な心になれると良いわね。」
二人は、自分たちの心の中には、たくさんの世界が隠れていることを知ったのです。
二人は、隣で眠るお互いの温かい寝息を感じながら、静かに目を閉じました。
