僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏⑪

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
消える足跡
森のはずれに、一匹の子ギツネが住んでいました。彼は本当は優しい心の持ち主でしたが、臆病なところがあり、自分の失敗をうそでごまかしてしまう癖がありました。
自分が壊した壺を「ネコがやった」と言ったり、遅刻した理由を「おばあさんを助けていた」と言ったり。お母さんとは「うそをつかない」と何度も約束するのですが、なかなか守れませんでした。
ある冬の寒い日、子ギツネはお母さんが窓辺に大切に飾っていた、真っ赤な実のついた枝を、遊んでいるうちにポキリと折ってしまいました。正直に謝る勇気がなかった子ギツネは、お母さんにこう言いました。
「カラスが来て、ついばんで折っていっちゃったんだ」
お母さんは悲しそうな顔で、その言葉を信じました。
その夜、子ギツネは不思議な夢を見ました。雪の上に自分の足跡が全くつかない夢です。
次の日、目を覚ますと、森は本当に真っ白な雪景色になっていました。子ギツネが外へ出て歩いてみると、夢と同じ不思議なことが起こりました。自分の足跡だけが、一歩踏み出すごとに、後ろからフワリと消えていってしまうのです。自分がまるでここにいないように感じられ、子ギツネは孤独と不安に襲われました。
「うそをつくことは、自分自身を消してしまうことなんだ・・・」
彼は、うそをつき続ける苦しみから逃れたいと強く思いました。でも、今さら本当のことを言う勇気もありません。どうすればいいか分からず、何日も悩みました。
やがて、月に一度の「森の集会」の日がやってきました。森の動物たちがみんな集まって、最近あったことなどを話し合う日です。子ギツネは、消える足跡のことを誰かに知られるのが怖くて、行きたくありませんでした。でも、お母さんの悲しそうな顔を思い出すと、胸が張り裂けそうでした。彼は、震える足で、集会の広場へと向かいました。
広場では、動物たちが楽しそうにおしゃべりをしています。子ギツネは、誰にも見つからないように、輪の一番後ろに隠れていました。
その時です。ネコのおばあさんが言いました。
「そういえば最近、カラスのいたずらがひどくて困っているのよ。うちの干し魚も、いつの間にかなくなっていたわ」
それを聞いた子ギツネの心臓は、ドキリと大きく鳴りました。
(どうしよう、僕のうそのせいで、カラスが悪者にされてしまう…)
もう、だまっていられませんでした。子ギツネは、勇気をふりしぼって、みんなの前に進み出ました。
「違います!カラスは何もしていません!」
森の動物たちは、急に飛び出してきた子ギツネを見て、びっくりしています。子ギツネは、涙をぽろぽろとこぼしながら、震える声で話し始めました。
「お母さんの赤い実の枝を折ったのは…僕です。今まで、うそをついてごめんなさい…」
その告白を聞いて、広場は一瞬、しんと静まり返りました。そして、あちこちから厳しい声が上がりました。
「なんだと!」「うそをつくのは一番いけないことだぞ!」
子ギツネは、みんなに叱られて、ますます小さくなりました。
でも、正直に自分の過ちを告白した瞬間、子ギツネは不思議なことに気づきました。あれほど重く苦しかった心が、すうっと軽くなったのです。そして、彼が立っていた雪の上には、くっきりとした足跡が、もう消えることなく残っていました。
やがて、お母さんが優しく子ギツネを抱きしめてくれました。森の仲間たちも、「正直に言えたのは、えらいことだ」と、最後には彼を許してくれました。自分の心に正直になり、過ちを認めることで、子ギツネは初めて、本当の自分自身を取り戻すことができたのでした。
