僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏㉘

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
タンポポの長い旅 ~ここが、わたしのいるところ~
春の暖かな日、一粒のタンポポの綿毛が、風に乗って空へと旅立ちました。
彼は生まれ育った、陽だまりのように温かい黄色い花でいっぱいの花畑が大好きでした。
「さようなら、お母さん!きっとお母さんと同じように、あたたかい花畑できれいな花を咲かせてみせるからね!」
しかし、風の力はあまりにも強く、綿毛をどんどん遠くへと運んでいきます。綿毛は、自分が思い描いていた「理想の花畑」を探し続けましたが、見つかりません。
綿毛は、様々な場所へと運ばれていきました。見渡す限りの岩山、乾いた砂地、そして、冷たいアスファルトの道。
そのたびに、彼は思いました。
「ここは、僕のいるべき場所じゃない。故郷のような花畑じゃなきゃ、意味がないんだ。」
彼は、どこにも根を下ろすことを拒み、ただただ、たどり着けない理想の場所を思っては、悲しみに暮れていました。
長い旅に疲れ果てた綿毛は、ある雨の日、とうとう力尽きてとある家の壁と塀の暗くて狭い隙間にぽとりと落ちました。
そこは、大好きだった花畑とは似ても似つかない、太陽の光もほとんど届かない、寂しい場所でした。
「こんなところで、僕の一生は終わりなのか。」
彼は、絶望の中で、静かに根を下ろすしかありませんでした。
何日か経ったある朝、自分のすぐ隣で小さな紫色の花が健気に咲いているのに気づきました。
それは、スミレの花でした。
「こんにちは」
スミレは、にこりと笑いました。
タンポポは、尋ねずにはいられませんでした。
「どうして、君はそんなに嬉しそうなの?こんなに狭くて、暗い場所なのに」
すると、スミレは答えました。
「ええ、ここは狭いわ。でもね、雨が降れば、壁をつたって美味しいお水が飲めるのよ。それに、塀のおかげで、強い風からも守ってもらえる。そして何より、この場所で私たちが咲くのを、待っていてくれる家族がいるの。」
スミレが見つめる先には、古い家の窓がありました。窓辺では、お父さん、お母さん、そして小さな子供が、嬉しそうにスミレの花を眺めていました。
その光景を見たとき、タンポポははっとしました。
自分は今まで「陽だまりの、黄色い花畑」という、たった一つの理想の姿にこだわり、それ以外の場所をすべて「不幸な場所」だと決めつけていたのです。
でも、スミレは違いました。彼女は、与えられたこの場所で、自分にできることを精一杯行い、幸せを見つけていたのです。
タンポポは、理想の花畑のことばかりを考えるのをやめました。そして彼もまた、この場所で自分にできる最高の花を咲かせようと決心しました。
次の春、あの暗くて狭い隙間から、一輪の黄色いタンポポの花が、力強く顔を出しました。理想の場所へ行くという執着を手放し、「今いるこの場所」が我が家なのだと知ったとき、タンポポの長い心の旅はようやく終わりを告げたのです。
そして彼の花は、スミレの花の隣でその家の家族の毎日を明るく照らし続けたのでした。
