僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏㉛

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
リスと丸い月
森の中に、クマの棟梁が率いる、腕利きの職人たちが集まる工房がありました。そこに、一人前の大工になることを夢見て、一匹のリスが弟子入りしました。
リスの目標は、夜空に浮かぶ満月のような美しい円を作りだすことです。しかし、棟梁から最初に出された課題は、意外なものでした。
「まずは、完璧な四角形を作れ。それができるまで、他のものは作るな。」
リスは、早く円の修行がしたいと思いましたが、師匠の言いつけです。
彼は、来る日も来る日も、ただひたすらに四角い木箱を作り続けました。何度も失敗を重ね、ようやく棟梁に「うむ」と言ってもらえる四角形ができた時、彼は期待に胸を膨らませました。
「棟梁、次は円を!」
しかし、棟梁の答えは同じでした。
「まだまだ早い。次は、完璧な五角形を作れ。」
その後も、修行は続きました。六角形、七角形、八角形・・・
リスは、なぜ棟梁が自分に角のあるものばかり作らせるのか分かりませんでした。それでも、彼は師匠を信じて諦めずに、言われた形のものを一つ一つ、丁寧に作り続けました。
何年も経ち、リスは、三十二角形という、非常に複雑で、ほとんど円に見えるほどの形まで、正確に作れるようになっていました。それでもまだ、棟梁から円を作る許しは出ていません。
そんなある日のことです。
村の川で、大きな水車がギーギーと音を立てて止まってしまいました。何年も前に棟梁自身が作った自慢の水車でした。中心にある車軸の部品が一つ、すり減って壊れてしまったのです。車軸は、完璧な円形でなければ滑らかに回りません。しかし、年老いた棟梁の手は、もう昔のように細かな作業ができなくなっていました。
村の誰もが、もうこの水車は動かないだろうと諦めかけました。
その時、リスが静かに前に進み出ました。彼は、今まで自分が修行で作ってきた、あの三十二角形の木材を思い出していたのです。
彼は、壊れた部品をじっと見つめると、工房に戻り、これまで培ったすべての技術を注ぎ込んで、寸分違わぬ三十二角形の部品を作り上げました。
そして、その部品を水車の車軸に、そっとはめてみました。
すると、どうでしょう。あれほど動かなかった車軸に、リスが作った部品が、まるで最初からそこにあったかように、吸い込まれるようにぴったりとはまったのです!そして、ゴトン、と音を立てて、大きな水車は再び力強く回り始めました。
村中が、歓声に包まれました。驚いているリスのそばに来た棟梁は、初めて、優しい目で彼の頭を撫でました。
「ようやく、わしの教えの意味が分かったようじゃな」
棟梁は、空に浮かぶ美しい満月を指さしました。
「わしら職人は、あの月のような、完璧な自然の円を作ることはできん。じゃから、たくさんの角を、一つ一つ正確に作る修行を重ねることで、円に近づいていくのじゃ。おまえが今まで作ってきたたくさんの角こそが、誰よりもおまえを円へと近づけた、尊い修行の証なのじゃよ。」
リスの目から、涙がこぼれました。遠回りに見えた日々の修行が、すべて今の自分を作るための、かけがえのない道だったのです。
彼は、夜空に浮かぶ美しい満月を見上げました。あんな風に完璧にはなれないけれど、自分はこれからも、一つずつ、一つずつ、丁寧に角を増やし続けていこう。そうすれば、きっといつか、あの月のように穏やかで、円満な心になれるはずだ。
リスは、そう心に誓ったのでした。
