僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏⑫

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
虹色の糸を紡ぐクモ
森に、一匹のクモが住んでいました。
そのクモが作る巣は、森で一番美しいと評判でした。その巣は朝日を浴びると、まるで虹のかけらを編み込んだかのように、キラキラと七色に輝くのです。森の動物たちは、みんなその巣に憧れていました。
このクモは、美しいだけでなく、とても心優しいクモでした。
うっかり巣にかかってしまった蝶を、「おまえさんは、私のごはんじゃないよ」と、丁寧に糸をほどいて逃してあげます。
そして、誰よりも我慢強く、努力家でした。
ある日、強い風が吹いて、せっかく作り上げた巣がめちゃくちゃに壊されてしまいました。しかし、クモは決して怒ったり、がっかりしたりしません。ただ黙々と、また最初から、一日中休むことなく糸を紡ぎ直し、前よりももっと丈夫で美しい巣を作り上げるのです。
ある日、一匹の若いクモが、その評判を聞いて弟子入りにやってきました。
「師匠!どうか、僕にもあの虹色の巣の作り方を教えてください!僕も、師匠のような素晴らしい巣を作れるようになりたいのです!」
師匠のクモは、静かにうなずき、若いクモを弟子にしました。
次の日から、若いクモは必死に師匠の真似をしました。蝶を助け、壊されても我慢して巣を作り直しました。しかし、どうしてもあの虹色の輝きは生まれません。
「どうしてだろう…努力もしているし、親切にもしている。何が足りないんだろう…?」
若いクモは、きっと何か特別な糸の出し方や、秘密の設計図があるのだと思い、師匠に尋ねました。
「師匠、どうか、一番の秘訣を教えてください!」
しかし、師匠のクモは何も言わず、ただ森の葉っぱの先へと若いクモを導きました。そして、葉の先で、じっと動かずに座ったのです。しばらくすると、師匠はすっと動き出し、ある場所に最初の糸を張り始めました。
若いクモが尋ねます。
「師匠、なぜその場所に糸を張るのですか?」
師匠は、優しく答えました。
「森が『ここだよ』と教えてくれるのさ」
若いクモは、きょとんとして聞き返しました。
「森が…教えてくれる?僕には何も聞こえません」
「自分がああしたい、こうしたいという思いを、一度手放してみるのじゃ。そうすれば、森の声が聞こえてくる」
「どうすれば、自分の思いを手放せるのですか?」
若いクモが真剣な顔で尋ねると、師匠は穏やかに答えました。
「一番の秘訣はな、静かな時間、静かな心だよ」
若いクモは、はっとしました。自分は今まで、「美しい巣を作りたい」「早く認められたい」という自分の思いばかりで、心が騒がしかったのです。技や行いばかりを真似しようとして、大切な、師匠の心を見ていませんでした。
その日から、若いクモも、師匠の隣で静かに座るようになりました。最初はそわそわして落ち着きませんでしたが、毎日続けるうちに、少しずつ森の声が聞こえるようになってきました。風の流れ、光の筋道、朝露の重さ。
そして、若いクモの紡ぐ糸もまた、朝日を浴びて、優しく虹色に輝き始めるのでした。
彼は学びました。親切な行いや、あきらめない努力。そして、それらを支える、森の声を聞くための静かな心。全てが美しく調和したとき、初めて糸は虹色に輝くのだということを。
