僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏⑬

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
イノシシと黒い石の塔
森の川辺に、一匹のイノシシが住んでいました。
彼の家の前には、ごつごつとした黒い石の塔が、空に向かってそびえ立っていました。
この塔は、イノシシの怒りと恨みでできていました。
イノシシは腹が立つことがあるたびに、河原から黒い石を一つ拾ってきては、積み上げるのです。
「これはあいつのせい」
「これは仲間外れにされた時の分」
石の一つ一つに、彼の辛い記憶が込められていました。
いつの頃からか、イノシシは大切な塔が崩れないように、いつも見張っていなければならず、森の美しい景色や甘い木の実の香りを楽しむ余裕がなくなってしまいました。
そして、この塔が崩れないよう見張るたびに彼の心は、石と同じように硬く、冷たくなっていました。
ある日の午後、空が急に暗くなり、大きな嵐がやってきました。
「僕の塔が!」
イノシシは、塔が崩されないように必死で押さえましたが、嵐の力はあまりにも強く、あっという間に崩れていきます・・・
やがて彼は力尽き、塔の前に座り込んでしまいました。
「もう、どうにでもなれ・・・」
必死で守ってきた塔も、積み重ねてきた怒りも、もうどうでもよくなり、彼はただ目を閉じ、降りしきる雨の音に静かに耳を澄ませました。
ザー、ザー、ザー。
雨粒が体に当たる感覚、地面を叩く音。それ以外のことは、何も考えませんでした。
不思議なことに、そうしていると、あれほど燃え上がっていた怒りの心が、すーっと静まり、今まで経験したことのないほど穏やかになっていきました。
どれくらい時間が経ったでしょう。ふと目を開けると、雨が上がっていました。そして、彼は信じられない光景を目にします。
高くそびえ立っていた黒い塔は跡形もなく消え、そこには、雨に濡れた豊かな土の山が残っているだけでした。
イノシシが黒い石だと思っていたものは、固く引き締まった土だったのです。
自分が守り続けてきた怒りや恨みが、こんなにもはかないものだったなんて。イノシシは、土の山を前に、初めて心の底からの安らぎを感じました。
それはまるで背中から、ずっしりと重い荷物を降ろしたような気持でした。
春になると、その豊かな土の山から、たくさんのきれいな花が咲きました。
イノシシは、かつて憎んでいた友達をその花畑に招待しました。友達は美しい花畑に驚き、そして、イノシシの穏やかな顔を見て、もっと驚きました。
二人は、どちらからともなく、そっと頭を下げて仲直りをしました。
ただ静かに座り、心を落ち着けるとき、積み重ねたはずの悩みや怒りは、幻のように消えていく。そして、その跡には、新しいものを育む豊かな心が残ることを、イノシシは学んだのでした。
