僧侶とAIの共同作業が、お経を物語に変える夏㉖

この物語は臨済宗でお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」の一節から東光寺(静岡市清水区横砂)の僧侶とAIが会話をしながらつむぎだした物語です。
川と雫のものがたり
高い高い山のてっぺんで、雪がとけて、一滴の水のしずくが生まれました。そのしずくは、自分がとても特別な存在だと信じていました。
「ぼくは、山の頂上から最初に生まれた、一番きれいなしずくだ!」
しずくは、岩の上を転がり落ち、小さな流れとなりました。周りには、同じように雪から生まれた、たくさんのしずくたちがいました。でも、しずくは思っていました。
「ぼくは君たちとは違うんだ。ぼくは、滝の一番上から飛び降りた、勇敢なしずくだからね!」
彼は、滝つぼに落ちてキラキラと輝く自分を誇りに思っていました。自分のことを「しずく」と呼ぶのはもうやめ、「偉大なる一滴」と心の中で名付けました。彼は、その個性を何よりも大切にしていました。
やがて、小さな流れが集まって、大きな川になりました。たくさんのしずくたちと一緒になって、広い野原を流れていきます。
ある日、岸辺で水を飲んでいたシカが、仲間と話しているのが聞こえました。
「やあ、今日の川は、とても穏やかできれいだね」
「偉大なる一滴」は、それを聞いて少しむっとしました。
「失礼だな、この流れをきれいにしているのは、特別なぼくがいるからなのに。周りの平凡なしずくたちと、ひとまとめに『川』だなんて。」
しかし、川の流れに乗って旅を続けるうちに、自分という一滴が、平凡な水の流れの中にだんだん溶けていってしまうように感じ、彼は少し不安になりました。
そしてとうとう、川は広大な海へと流れ込みました。どこまでも続く、青い世界です。
初めて大きな海を見たカニの子が、お母さんに尋ねています。
「お母さん、あれはなあに?」
「あれは海というのよ。大きくて、とても力強いの。」
「偉大なる一滴」は、すっかり混乱してしまいました。
「シカは『川』と言っていたし、カニは『海』と言っている。本当のぼくは、一体何なんだろう?」
広くて、青くて、どこまでも続く海の中で、彼は完全に自分を見失いました。「特別な一滴」であるはずの自分は、もうどこにもいないように感じられました。
そのとき、暖かい太陽の光が、彼を優しく照らしました。すると、彼の体はすうっと軽くなり、水蒸気となって空へと昇っていきました。そして、空の上で仲間たちと集まり、大きな白い雲になったのです。
風に吹かれて旅をする雲になった彼は、初めて、自分のいた世界を、空の上から見下ろしました。
「あっ…!」
山のてっぺんから流れる細い「しずく」の流れ、それが集まってできた雄大な「川」、そして、すべてを受け止める広大な「海」。そのすべてが、一つにつながって見えたのです。
彼は、そのときようやく本当のことに気づきました。
シカの言う通り、自分は「川」でした。カニの言う通り、自分は「海」でした。そして、自分がずっと思っていた通り、自分は「特別な一滴のしずく」でもありました。どれも間違いではなく、どれもが本当の自分だったのです。
「自分は特別な一滴だ」という小さなこだわりから解放された彼は、自分も周囲のしずくも形を変えながらこの素晴らしい世界を巡る、もっと大きくて自由な存在だと知ったのです。
やがて雲は雨となり、彼は再び、優しい一滴のしずくとなって、緑の大地へと降り注いでいきました。
